
Mark Z. Danielewski (著) 嶋田 洋一 (訳) ソニーマガジンズ 4830円 2002年12月20日初版
とんでもない本である。800ページ、4830円。とんでもないのはそのボリュームと値段だけではない。
装丁は美しい。カバーデザインもいい。黒い背景にタイトルの家という文字だけが藤色になっている。ずっしりとした持ち応え。帯にはこうある。「この紙葉をめくる者すべての希望を捨てよ。」うーん、なんて挑戦的な脅迫的な文言であろう。ちょっとびびる。カバーをはずしてみても装丁の美しさは損なわれない。極彩色の証拠物件の数々、裏表紙には問題の家のポラロイド写真。
家という文字が藤色になっているのは表紙だけではない。本文にある全ての家という文字が藤色になっている。つまり豪華2色刷である。ページをめくると早々にこの本の仕様についての説明があるがここからすでにフィクションは始まっている。現実と空想の境界をなくそうとする心憎い演出である。
「これはあんた向きじゃない。」という言葉で序文が始まる。そして「運がよければあんたはこの労作を忘れちまうかもしれない(中略)そうはならない可能性がかなりある(中略)読み終えてしばらくは何事もない(中略)そして悪夢が始まる」かなり怖そうだ。読むの止めようかと思いつつも読みすすめると、物語の盛り上がりとともに、文字が消えたり、飛んだり、回ったり、時には本を逆さまにしなければならなくなる。
この物語はある無限の闇の構造を持つ家とその家にかかわるネイヴィットソン一家のビデオテープによる記録、それに註釈を付けて解説するザンパノという名の老人の書いた「ネイヴィットソン記録」、それにまた註釈を付けて解説するトルーアントという名の作者の記録とそのトルーアント自身の物語によって構成されている。さらにビデオ記録にまつわる証拠、ザンパノの詩や家のスケッチなどの付属書、トルーアントの母の手紙などが収められている。つまり3重以上の構造を持ったメタフィクションである。
紙葉の家(House of Leaves)とはどういう意味か。これはなかなか難しい。物語も終わりにさしかかったころ「紙葉の家」という題の本のページをネイヴィットソンが一枚ずつめくって燃やしていくシーンが出てくる。ネイヴィットソンが燃やしているシーンについて書かれた「紙葉の家」をネイヴィットソンが燃やしているということになる。これはメタであり本書の構造を示している。
またLeaveには葉という意味の他に「人のもとを離れる」という意味もある。孤独なままに死んでゆくザンパノ老人の物語、その老人の書いた物語に出会って狂気に落ちてゆくトルーアントの物語、トルーアントと離れ精神病院で死んでゆく母の物語、そして夫婦の心が離れてゆく(そして回復する)ネイヴィットソンの物語のいずれもが、まさに人間の離別という問題を扱っている。
外側から測った大きさよりも内側から測った大きさの方が大きい家。扉の向こうに無限の闇の部屋を持つ家。地獄に通じているような家という設定はホラーSFの古典「異次元を覗く家」を連想させられる。そしてその迷宮を探検する様子を映したビデオ。これなどは映画「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」である。たしかにホラー小説という体裁をしている。だが底辺にあるテーマは家族や親友との別離であり、それこそがこの小説の多重構造の骨格となっているのだ。