バベル(Babel)
監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
アカデミー作曲賞、ゴールデングローブ作品賞、カンヌ監督賞受賞
2006年アメリカ
公開も終盤に差し掛かってきた先日、バベルを見てきました。輝かしい受賞歴と菊池凛子の話題性にも関わらず、巷での評判は批判的なものが多い作品。あまのじゃくな私には面白いかもしれないと期待して行きました。そして期待通り、感動しました。
まずなんといっても俳優陣が上手すぎです。とても演技とは思えない。この人たちの演技を見るだけでも価値がありそうです。菊池凛子だけが注目されていますが、むしろ彼女の演技も霞んでしまうほど他の人たちの演技が凄いと私には思えました。
中でも印象に残ったのはアメリカ人旅行者の妻(ケイト・ブランシェット)、チエコの父(役所広司)、メキシコ人家政婦(アドリアナ・バラッザ)、アメリカ人夫婦の男の子、モロッコ人の兄弟、チエコの親友の聾唖の女の子、メキシコ国境警備の警察官などです。
この映画を見て私がまず感じたのが「リアリティ」であり、彼らの演技はその中核をなすものでした。ストーリーもまた非常にリアルなものに感じました。ドラマではなくドキュメンタリーを見ているような錯覚を覚えたほどです。
「コンテンポラリー」リアリティの中核をなすもう一つの要素としてこの言葉が浮かびます。まさにこの瞬間の世界の一部を切り取ってみせたような映画。美しい東京の夜景。しかし東京こそが混沌としたバベルという言葉が最も似合う風景に思えました。高級高層マンションがベベルの塔の象徴であるという説には納得させられます。
日本でのストーリーには謎が多いように思います。チエコが刑事に渡した手紙、チエコと父との関係などはネット上でも様々な憶測が流れています。このようにいろいろなことが謎や未解決のまま放置されていますが、現実とはそういうものではないでしょうか。また「アメリカ人が見て気分が悪くないように結局アメリカ人は助かるのかよ」という意見を見たこともありますが、モロッコで銃撃された観光客で助かる確率が一番高いのはやはりアメリカ人なのではないでしょうか。
「私は悪いことをしたのではない。ただ少し愚かだっただけだ」これはメキシコ人家政婦が警察で話す一言ですが、まさにその言葉がこの映画の中でとてつもない不幸に見舞われる人々を結びつけるキーワードとなります。不幸の始まりとなる一発の銃弾。それを放ったモロッコの少年の悪意無き愚かさを思うと胸が詰まります。
現実はいつだってそういうものではないでしょうか。悪意無き愚かさがとてつもない不幸を引き起こす。
人間の傲りに神が怒り、塔と共に言語をばらばらにしたという余りにも有名なバベルの塔の逸話。それを題名にした映画の意図は明らかです。文字通りの国による言語の違いや聾唖者とそうでない人の間の意思疎通の困難さだけでなく、同じ言葉を話すもの同士ですら心を通わせることの困難な人間。しかしばらばらになった人間同士を結びつけるのはやはり言葉でしかないのです。
★★★★★